エアタグの問題は「追跡技術」ではない

最近、取材でエアタグを使ったストーカーの話をしました。

正直に言うと、最初は「また新しい怖い道具の話か」と思われるかもしれない、と感じていました。
でも話してみると、記者の方から「それは今まで気づかなかった」と言われたのです。

私が伝えたのは、エアタグの使い方ではありません。

もっと根本的なことです。

多くの人は、ストーカーを
「別れたあとに急に始まる異常な行動」だと思っています。

でも現場で見ていると、そうではありません。

ストーカー行為は、もともとの関係の中にあった
“監視的な関わり”が強くなったものです。

たとえば、

・「誰といるの?」と頻繁に聞く
・返信が遅いと理由を求める
・予定や行動を把握しようとする

こうした行動は、恋愛の中で
「普通」「心配しているだけ」と受け止められがちです。

けれど、それはすでに“監視”の入り口かもしれません。

加害者の多くは、自分の行動を問題だとは思っていません。

むしろ、

「好きだから気になる」
「心配しているだけ」

と考えています。

つまり、支配が“やさしさ”として語られているのです。

そして、相手が嫌だと言っても、

「本当は嫌じゃないはず」
「一時的な感情だろう」

と解釈してしまう。

ここで、関係の境界線は崩れていきます。

ここでエアタグの話に戻ります。

エアタグは確かに便利な道具です。
そして、その便利さゆえに問題にもなります。

でも、本質はそこではありません。

エアタグは、

もともとあった「相手を把握したい」という欲求に
手段が与えられただけです。

つまり、

新しい犯罪が生まれたのではなく、
もともとの行動が強化されたのです。

もう一つ重要なのは、周囲の存在です。

・「恋人なら普通じゃない?」
・「それくらいで怒るの?」

こうした言葉が、違和感を飲み込ませます。

本人も、周囲も、
「問題だと気づかないまま進んでしまう」

これが、行動をエスカレートさせる土台になります。

違和感は、小さいうちに

ストーカーは突然現れる存在ではありません。

関係の中で、少しずつ形づくられていきます。

だからこそ大事なのは、

「これって普通かな?」と感じた違和感を
そのままにしないことです。

違和感は、多くの場合、間違っていません。

恋愛は、本来、自由で安心できる関係のはずです。

もし「我慢」が増えているとしたら、
それは少し立ち止まっていいサインかもしれません。

いい恋愛は、

“我慢が増えるもの”ではなく
“安心してそのままでいられる時間が増えるもの”です。