「本当の強さ」を取り戻す時間——DV被害女性プログラムでの一コマから
第5期目に入ったDV被害女性女性プログラム。今回のセッションのテーマは「強さ」でした。
けれど、それは誰かに勝つ強さではなく、自分を守り抜く力のことなんです。
参加者のひとりが「もう負けたくない」と言いました。
その言葉の奥には、長いあいだ押しつぶされてきた気持ちと、ようやく自分を取り戻そうとする意志が混ざっていました。
けれど、本当の強さは、ケンカに勝つことじゃないんです。健康を守ること、心を壊さないこと、そこから始まるんだということが語られました。
DV加害者の多くは、自分を「強く」見せようとします。
怒鳴り声、支配、威圧。けれどその実、彼らの強さは虚勢です。
自分の弱さや不安を覆い隠すために、他人を傷つけるのです。
その「強がり」は、強さとは真逆の脆さの表れでもあります。
一方で、被害を受けてきた女性たちは、沈黙や我慢のなかで生き延びてきました。
「自分を守る」という選択を後回しにしてきた人も多いのです。
だからこそ、今日のセッションではこう語られました。
強い自分になる第一歩は、自分の体と心を大切にすること。
十分に休み、食べ、助けを求めることも「強さ」のひとつだと。
誰かを打ち負かす強さよりも、
自分を見失わないしなやかさを育てていくこと。
その過程にこそ、「主体的に生きる力」が宿るのだと思いました。
研修であらためて考えたこと
今日は某市役所の障害福祉課職員のみなさんに、「女性を取り巻く福祉課題と支援の実際」というテーマでお話ししました。
秋晴れのなか、会場の空気は穏やかで、真剣さとやさしさが同居しているような時間でした。
話のはじめに伝えたのは、「正規雇用が減った」のではなく、もともと女性が正規に入りにくい構造にあるということ。
非正規雇用、ケア責任、単身化――この“三重のリスク”が重なったとき、努力や根性ではどうにもならない壁が立ちはだかります。
それを“自己責任”で片づけないために、制度や社会の側がどんな仕組みをつくれるかが問われています。
DVの話では、「暴力=怒り」ではなく「暴力=支配」という構造を共有しました。
加害者プログラムでも大切にしているのは、“怒りを抑える”ことではなく、“支配を手放す”こと。
被害者支援と加害者支援を車の両輪のように進めていくことで、初めて本当の安全が生まれるのだと思います。
そして後半は、制度のはざまをどうつなぐか。
「誰が主担当か」より、「誰が一番近くにいられるか」。
この視点を行政と民間が共有できたら、支援はもっと息づくものになるはずです。
最後に紹介したいくつかの事例――
それぞれ異なるケースでも、共通していたのは“行動”ではなく“関係性”を見ることの大切さでした。
今日の研修を通して、あらためて感じました。
制度は線でできているけれど、人の困りごとは面で起きている。
支援の現場をつなぐのは、制度でもマニュアルでもなく、「寄り添う姿勢」そのものなのだと思います。
家事も育児も担う夫、それでも続く苦しさ
以前、こんな相談があったことを思い出しました。
「彼は家事も育児を分担し、周囲からは「理想的な夫」と言われます。だから、何か言われても、言い返すこともできないんです。」
「正体はよくわからないけれど、家庭の中でなんとなく息苦しさを感じている」という女性は少なくありません。
言葉の端々に潜む否定やいやみ、きげんの変化に怯える日々。
手をあげられなくても、心が少しずつ削られていくことがあります。
暴力とは、怒鳴ることや叩くことだけを指すわけではありません。
相手を支配し、萎縮させ、自己判断を奪っていく関係性そのものが、
静かな暴力になっていきます。
「これほどやってくれているのだから、文句は言えない・・・」
その思いが、被害を覆い隠す仕組みの一部になってしまうこともあります。
我慢を続けてきたのは、弱さのせいではありません。
関係を壊したくなかった、子どもを守りたかった、
その一心で生き延びようとしてこられたのだと思います。
もし今、少しでも違和感や疲れを感じているなら、
その感覚を軽く扱わないでください。
優しさと暴力は、同じ人の中に同居することがあります。
たとえ外からは見えにくくても、
あなたが感じている痛みは確かに存在しています。
一緒にその正体を考えてみませんか。
10月22日から第5期のDV被害女性プログラムが始まります。
関心のある方はこちらをご覧のうえお申し込みください。
ある日のDV加害者プログラム
言い合いの途中で、黙って部屋を出てしまったこと、出ていかれてしまったことはありませんか。
実は今回のプログラムでも、多くの人が「ある」と手を挙げました。
理由を聞いてみると――
「怒っているぞと相手に伝えたかった」
「口ではかなわないから、逃げるしかなかった」
そんな声が次々と出てきました。
でも、無言で立ち去るのは、相手からすると「放り出された」「無視された」と感じられてしまいます。争いを避けたつもりが、逆に関係を深く傷つけることもあるのです。
話し合いの中で印象的だったのは、「次からはトイレに立ってタイムアウトをとる」という意見が多く出たこと。
ただ黙って出ていくのではなく、「10分休ませて」と一言伝えてから距離をとる。そんな小さな工夫で、逃げる行動が“関係を守るための休止”に変わります。
「この場から逃げたい」と思う瞬間は誰にでもあります。
大切なのは、その衝動をどう扱うか。
無言ではなく言葉で区切ることができたら、関係はもっと安心できるものになるのだと思います。
この日のプログラムのまとめ
・無言で離れることは、相手に強い拒絶のメッセージになるので、相手にDVをしたことになる。
・「タイムアウトを言葉で伝える」ことで、逃げではなく“関係を守る工夫”に変えられる。
・「小さなひとこと」が、関係のあり方を大きく変えるきっかけになるかもしれない。
当会の加害者プログラム
私たちの加害者プログラムでは、このような様々なケーススタディを用いてDVとの向き合い方を学びます。
暴力を繰り返さないためには、気づきと実践が欠かせません。
「自分も同じようなことをしているかもしれない」
「関係を壊さずに、感情とつき合う方法を知りたい」
そう思った方は、ぜひプログラムにご参加ください。安心して話せる場で、一緒に新しい選択肢を探していきましょう。
見えない仏と見えない暴力
見えない仏と見えない暴力
今週末はとある学会に参加するために、京都に行ってきました。せっかく京都に来たのだから、新幹線に乗るまでの短い時間で、駅付近を探索しようと考えました。
京都駅から歩いてすぐのところに、東本願寺(おひがしさん)があると思い出し、行ってみることにしました。とにかく大きな建物で、堂内に入ると人の声や気配が響きあい、あたたかい熱気に包まれているのを感じました。そこから少し歩くと西本願寺。もう少し時間があるので西本願寺(おにしさん)にも行ってきました。こちらは唐門や庭園が美しく、空気がしっとり落ち着いていて、時間がゆっくり流れているようでした。
どちらの本堂でも、阿弥陀如来さまは御厨子の奥にいらして、姿は直接見ることができません。でも不思議なことに、見えなかったからこそ、かえって「場の空気」を強く感じ取ることができました。お東さんでは人々の集まりのエネルギー、おにしさんでは静けさや文化の余韻。仏さまは像としてではなく、空気や声の響きの中にいるように思えたのです。
その時に、DVのことが頭に浮かびました。暴力というと殴る、怒鳴るといった「目に見えるもの」を想像しがちですが、実際には「空気」によって人が縛られていることも少なくありません。たとえば、相手の顔色を伺わざるを得ない雰囲気、言葉にされない沈黙の圧力…。そういう「見えない暴力」が人を苦しめることがあります。
仏さまが見えなくても、その存在を空気で感じたように、DVもまた「見えない形」で存在する。その空気を敏感に感じ取ることが、被害を受けている人には現実なのだと改めて思いました。
だからこそ、私たちは「見えないもの」をどう受け止め、どう言葉にするかが大切なんだと思います。おひがしさんとおにしさんのお寺を歩いた一日は、そんなことを考えるきっかけになりました。
デートDV予防講座での重要な質問
先日、中学校でデートDV予防教室を行いました。授業の最後にある生徒が手を挙げて、こう聞いてくれました。
「暴力以外の問題解決の方法を教えてほしい」
一瞬、会場が静まりました。これはとても本質的な問いです。
多くの場合、「暴力はよくない」というメッセージは伝わります。しかし「じゃあ代わりにどうすればいいのか?」までは十分に教わる機会がありません。生徒の質問はまさにその空白を突いてきました。
授業でも触れましたが、「暴力をふるわないこと」はゴールではなく、スタートです。その先に「どう問題を解決していくか」という実践が必要です。今回の質問は、次の授業プログラムを組み立てるうえで大きなヒントになりました。
中学生の素直な問いかけが、大人にとっても大切な学びを運んできてくれました。暴力をやめるだけでなく、「暴力以外の方法」を一緒に考えていくこと――これこそが予防教育の核心だと思います。
「みなさんはどんな方法を思いつきましたか?」
女性による女性のための相談会@板橋が終了しました
2025年8月3日、第10回目となる「女性による女性のための相談会」が東京都板橋区立グリーンホールで開催されました。この相談会は、家庭や職場でさまざまな困難を抱える女性たちが、安心して悩みを打ち明けられる場として設けられています。当会もこの相談会の実行委員会に参加しています。
新型コロナウイルス感染症の影響が深刻化した2021年3月に始まったこの取り組みは、これまで約1000人の女性が訪れ、そのうち再来場者が3割を占めるなど、多くの女性たちの「居場所」となっています。
今回の相談会では、10代から80代という幅広い年齢層の女性が訪れましたが、特に40代から60代が多くを占めました。相談内容は生活費の不足、職場でのハラスメントや不当解雇、DV・離婚の問題、健康や子育てに関する不安など多岐に渡ります。
具体的な相談事例は省略しますが、一人ひとりの問題が複雑で深刻であることからも、社会において可視化されにくい立場の女性たちが追い込まれている現状が浮き彫りとなっています。相談会では食料品や衛生用品、下着類の配布も行われ、物資面でのサポートも充実しています。
私たちは、こうした相談会を通じて、女性たちが孤立せず安心して相談できる社会づくりの重要性を改めて感じています。次回の開催にも多くの方が足を運び、少しでも問題解決の糸口を見つけられるよう、引き続き取り組んでまいります。
次回は12月14日(日)に開催予定です。詳細は後日お知らせします。
女性による女性のための相談会開催のお知らせ
8月3日 板橋区立グリーンホールで開催!
こんにちは。お知らせです。
2025年8月3日(日)、板橋区立グリーンホールにて、「女性による女性のための相談会」を開催します!
日々の暮らしや仕事、家庭のこと、心や体の健康、人間関係など、だれにも言いづらい悩みを一人で抱えていませんか?この相談会は、経験豊かな女性相談員が、参加者一人ひとりの気持ちに寄り添いながら、あなたのお話に耳を傾けます。
相談会詳細
相談できる内容は?
- 家庭や育児の悩み
- 職場や学校での人間関係
- 心や体の健康
- その他、どんなことでもOKです!
もちろん、相談内容や個人情報は厳守いたしますので、安心してご利用いただけます。予約も不要なので、当日はお気軽に会場にお越しください。
「誰かに話したい」「悩みを共有したい」そんな気持ちを大切に、少しでもホッとできるひとときを過ごしていただければと思います。
皆さまのご参加を心よりお待ちしています!
暑いので、気を付けてお越しください。
エレガントに毒を吐く:DV被害女性が自分を取り戻す言葉のレッスン『エレガントな毒の吐き方』中野信子著
「私は優しくて従順でいなければならない」
多くのDV被害女性が、知らず知らずのうちに抱え込んでしまうこの“ドクサ(常識)”こそが、彼女たちの沈黙をつくってきました。
でも、怒りをぶつけるのではなく、暴言で返すのでもなく、
「エレガントに毒を吐く」という選択肢があってもいい。
それは、品位を保ちつつ、しかし明確に「NO」を突きつける自己表現の術。
私たちがDV被害女性支援プログラムの中で取り入れている「言葉のトレーニング」は、
まさにこの「エレガントな毒」を身につけるための時間でもあるのです。
✦ そもそも「エレガントな毒」とは?
たとえば、オードリー・ヘプバーンが映画の中で言ったこんな台詞。
“I don’t bite, you know… unless it’s called for.”(噛みついたりしないわ。でも、必要とあらばね。)
このような言葉には、
● ユーモア
● 距離感の調整
● 自分へのリスペクト
が、エレガントに織り交ぜられています。
決して攻撃的ではない。でも、しっかり境界線を引いている。
この「毒」は、暴力とは違う「防御」の言葉です。
✦ DV被害女性プログラムでの実践
私たちのプログラムでは、加害者から日々浴びせられる「言葉の暴力」に対抗する力として、
「言葉で自分を守る練習」を行います。
たとえば、こんな対話練習をします:
加害者役(支援者):「お前はいつも役立たずだ」
参加者の返答練習:「私は私なりにやっている。あなたに評価される筋合いはないわ」
→ ただの罵り返しではなく、自分の軸を中心にした返答を目指します。
ある参加者は、こんな「毒」を身につけました:
「あら、あなたの理屈はいつも興味深いわ。でも、私はそれには従わないの」
彼女は言います。「ただ怒鳴り返しても、あとで虚しくなる。だけど、自分らしい言葉で線を引けたとき、背筋が伸びた気がした」と。
✦ 言葉は、生き直す武器になる
被害を経験した女性たちが、自分を責めたり、声を失ったりするのは、
暴力そのものよりも、その後の社会的沈黙に起因することが多い。
だからこそ、
「静かに、でもはっきりと」
「美しく、でも鋭く」
自分の意思を語る練習が必要なのです。
エレガントに毒を吐くことは、弱さの証ではなく、回復の兆し。
声を失っていた彼女たちが、「自分の言葉」を再構築していく――
それは、まさに「人生の再編集」のプロセスなのです。
✦ 最後に
もしあなたが、誰かに言葉で傷つけられたことがあるなら、
まずは静かに、こうつぶやいてみてください。
「私は、あなたの勝手な脚本の脇役ではないわ。」
それは、小さな抵抗でありながら、
大きな自由の一歩かもしれません。
▶ ご案内:DV被害女性のための自己回復プログラムについて
エープラスでは、被害女性が安全に自己表現を取り戻せるグループワークや、
「言葉のリハビリ」セッションを毎月第2・4水曜日の21時から22時に開催しています。
ご関心のある方は、どうぞお気軽にご相談ください。
joseisoudan@gmail.com
「愛の不在」を搾取する社会――悪質ホストが映し出す、生きづらさの連鎖
2025年6月18日、大田区社会福祉士会で「居場所のない女性の心身を搾取し、泥沼へといざなう悪質ホストの手口と背景」というテーマでお話しさせていただきました。多くの方にご参加いただき、深い共感や驚き、怒りの声も寄せられました。そのなかのひとつのご感想をご紹介しながら、あらためて考えたいことがあります。
――ホストへの“教育”という名の搾取
ある参加者の方が、「ホストへの悪質クラブの研修内容」に衝撃を受けたと話していました。
そこでは、「金になる客」を見極める方法が教え込まれているというのです。
悪質ホストにターゲットにされやすいのは
- 幼少期に虐待を受けて育った子
- 学校でいじめられ、孤立を深めてきた子
- 愛される経験が乏しく、誰かに必要とされたいと強く願う子
――そんな「愛に飢えた」女性たちがターゲットになります。
甘い言葉や“特別な関係”を装った疑似恋愛によって信頼を得た後、次第に高額な売掛や借金を背負わされていく。そして払えなくなれば、風俗、AV、性産業…と、「返済」のために“売られて”いく現実があるのです。
これはもはや、恋愛でもビジネスでもなく、**心の脆さをシステム的に利用した「搾取」です。
居場所のなさと人間関係の貧困が生み出す“依存”
この問題の根底には、「関係性の貧困」があります。
家でも学校でも、社会でも、「自分のままで愛され、尊重される経験」がないまま育った子どもたちは、心に大きな空白を抱えます。
そんな空白を埋めてくれる存在として、ホストに「居場所」を見出してしまうのは、ある意味で必然なのかもしれません。
けれど、その先にあるのは、さらなる孤立と、過酷な搾取。
まるで「生きることに慣れていない」若者たちが、社会の隙間に吸い込まれていくような感覚さえあります。
「ホスト」もまた搾取されている――“共依存”という構造
見逃してはいけないのは、ホストたちもまた、「搾取される側」であるという点です。
多くのホストが、家庭や社会のなかで居場所を持てず、過去に孤立や貧困を経験してきています。
「お金を稼ぐ」ことでしか価値を認められず、他人の心をコントロールすることでしか自分を保てない――そのような生きづらさを抱えて、ようやくたどり着いた“働き場所”が、悪質なホストクラブであることも少なくありません。
この構造は、心の貧しさが連鎖し、共依存的に搾取を再生産する社会の姿を映しています。
ホスト業界の内情については、以前DV加害者プログラムに参加していた元ホストの男性が語ってくれたことを参考にし、追加調査しました。
今、私たちにできること
この問題に対して、「悪質な業者を取り締まればいい」「風俗に行かなければいい」といった単純な解決は存在しません。
必要なのは、誰もが「傷つきやすさ」を抱えて生きている社会であるという認識と、その傷つきやすさが搾取されない社会構造をつくることです。
- 若い女性たちに、自分を大切にする力と知識を育む教育を届けること
- 社会的孤立に陥らないよう、地域に「信頼できる居場所」を増やすこと
- 搾取の加担者にされる若者(ホストや風俗関係者など)にも支援の手を差し伸べること
これらは一朝一夕では実現できませんが、社会全体のまなざしと制度を変えていく大切な一歩です。
最後に――搾取を終わらせる「共感」のまなざしを
搾取の構造に巻き込まれる人は、「弱い人」ではありません。
ただ、生きづらさに苦しみ、誰かを信じたかった、愛されたかった人たちです。
その「人間らしい願い」が、金儲けの道具にされてしまう社会を、私たちは本当に容認していいのでしょうか。
居場所のない社会に、希望の居場所をつくること。
それが、私たち一人ひとりに求められている責任であり、希望への道なのだと信じています。